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仙台地方裁判所気仙沼支部 平成3年(ヲ)34号 決定 1992年1月17日

申立人(債務者)

甲野太郎

上記代理人弁護士

小笠原一男

被申立人(債権者)

乙野次郎

上記代理人弁護士

薬師寺典夫

第三債務者

気仙沼市

代表者市長

菅原雅

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債務者の負担とする。

理由

一申立ての趣旨及び理由

(1)  申立ての趣旨

仙台地方裁判所気仙沼支部が基本事件につき平成二年七月三一日に発した債権差押命令の別紙差押債権目録記載の差押債権の範囲を同目録記載の金額の四分の一に減額する旨の決定を求める。

(2)  申立ての理由

債務者は、基本事件差押命令により別紙差押債権目録記載の議員報酬(以下、「本件債権」という。)の差押えを受けている。

債務者は、T水産株式会社の代表取締役であるが、同社は平成二年三月に倒産し、倒産時において一億三四四三万〇七〇二円の負債を抱えていた。債務者は、別紙不動産目録記載の不動産を実母A子と共有しているが、同不動産には極度額一億八〇〇〇万円の根抵当権が設定されており、債務者は、これを一億円で売却して債務の返済に充てようとしているものの、現在のところ売却できていない。

債務者の収入は本件債権による所得のみであり、その実支給額は月額二七万八三五〇円である。一方、債務者の家族は、妻B子、長男C男、三女D子及び実母A子の四名であり、このうち妻と実母が債務者の所得により生計をたてている。妻B子には身体障害者年金月額八万円の所得が、実母A子には遺族年金月額一三万円の所得がそれぞれあるが、これらは前記T水産株式会社の負債の返済に充てられている。

よって、債務者は、本件債権以外に収入がなく生活の目途が立たないので、申立ての趣旨記載のとおりの決定を求める。

二当裁判所の判断

(1)  本件債権の法的性質について

本件債権は、債務者の気仙沼市議会議員としての職務に対する議員報酬であり、会計手続上は「議員給与」との名目によりその支給がなされている。しかし、一般に、議員報酬は、労働者の労働の対価としての給与とは異なるものであり、請負契約又は準委任契約に基づく報酬債権たる性質を有するものと解される。また、地方議会議員は、地方自治法に定める兼職制限を受けるほかには報酬を伴う兼職が禁止されていない。債務者は、T水産株式会社の代表取締役であり、同会社が倒産する前の時点では給与の性質を有する役員報酬の所得があったし、同会社が倒産に至った現時点でも他の職業に就いて所得を得ることが可能である。したがって、本件債権は、民事執行法一五二条一項に定める債権に該当せず、原則として、その全額を差押えることが可能な債権である。

(2)  差押の範囲変更について

本件債権は、差押禁止制限のない債権であるが、民事執行法一五三条一項前段の要件を具備する限り、その差押えの範囲を減額することは可能である。

そこで、その要件の具備の有無につき判断する。まず、債務者の本件債権による所得は月額二七万八三五〇円、妻B子の所得は月額八万円及び実母A子の所得は月額一三万円であり、その合計額は月額四八万八三五〇円である。債務者は、このうち妻B子及び実母A子の所得合計二一万円はT水産株式会社の負債の返済に充てられていると主張する。しかし、仮に月額二一万円の負債返済がなされているとしても、妻及び実母の所得はいずれも年金所得であって本来ならば差押禁止制限のある債権である以上、その所得から他の債権者に対する負債の返済をする必要がないこと、債務者、その妻及び実母は同居して同一の家計により生計を維持していることから、その所得収支が混同していると推定されることなどからすると、名目上は妻子及び実母の所得から負債の弁済がなされているかのようであっても、実質的に見れば債務者の本件債務による所得の中から毎月二一万円の返済がなされ、その返済による家計費の不足を妻及び実母の所得によって補っているのと何ら異なるところがないと判断すべきである。

そうすると、債務者は、適法な手続によって債権差押をなし、一応優先的に弁済を受けることのできる本件債権者が存在することを知りながら、差押手続をしていない他の債権者に対して恣意的に任意の優先弁済をしているのに等しい行為をしていることになる。しかし、債務者の恣意的選択によりこれら他の債権者らに対して実質的な優先弁済を与えることは、明らかに不当であり、許されない。

そして、本件債権の全額を差押えたとしても、前記妻及び実母の所得を併せてその家計費とすれば、債務者の生計を維持することは一応可能であるし、また、債務者が何らかの職に就いて別途勤労所得を得れば、ある程度まで余裕のある生活をすることも可能であると判断する。

三結論

以上によれば、債務者の本件申立ては理由がないのでこれを却下することとし、なお、申立費用の負担につき民事執行法二〇条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官夏井高人)

別紙差押債権目録

金二、二五六、四三七円

但し、債務者が第三債務者に対して有する下記債権で頭書金員に満るまで。

債務者が第三債務者から平成二年八月二一日以降支払いを受ける議員報酬及び期末手当にして、各支払期に受ける金額から給与所得税、議会議員共済掛金を控除した金額

別紙不動産目録<省略>

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